木曽の人々(2006年春)
木曽の人々
(2006年5月に木曽路を旅した時に書いたmixiの日記に加筆修正したものです) 『木曾の旅人』は怪談でございますが、これから書くのは、木曽路歩きで私が出会った人々の話です。
でもまあ、出会ったと言ってもほとんどひとりで歩いてたので、ほんの一瞬のすれ違い、みたいなものです。
まずは初日、上松の宿でのこと。
実はその日、5月3日は上松の駒ヶ岳神社で年に1度の太々神楽が見られるということで楽しみにしていたのだけど、現地に着いて調べると、なんと駒ヶ岳神社はほんとに駒ヶ岳の山頂にある神社とのこと。行けるはずがない(って名前からして当たり前かもしれないけど…)。残念!
実はその日、5月3日は上松の駒ヶ岳神社で年に1度の太々神楽が見られるということで楽しみにしていたのだけど、現地に着いて調べると、なんと駒ヶ岳神社はほんとに駒ヶ岳の山頂にある神社とのこと。行けるはずがない(って名前からして当たり前かもしれないけど…)。残念!
しょうがないので、そのまま宿泊予定の民宿へ。
そこは築200年以上の民家を改築し趣のある宿。
そこは築200年以上の民家を改築し趣のある宿。
入ったらすぐに大きな囲炉裏があって、20代前半とおぼしき男の子が3人、囲炉裏の火をかこんでいました。
「す、すみませ~ん」と声をかけてもなかなか宿の人が出てこず、囲炉裏のそばで立ち尽くしていると、奥さんらしき人が出てきて「そこ座っててください」と言ってまた奥に行ってしまったのです。
「す、すみませ~ん」と声をかけてもなかなか宿の人が出てこず、囲炉裏のそばで立ち尽くしていると、奥さんらしき人が出てきて「そこ座っててください」と言ってまた奥に行ってしまったのです。
うーん、このすっかりくつろいでいる若い男の子3人に混じるのか、混じるんだよなあ、と思い、囲炉裏の四辺の1席余ったところに座ってみる。 最初男の子たちは話し続けていたのだけど、すぐにひとりが「どちらからですか?」と声をかけてくれました。
話してみると、3人は上松の出身で今は就職して愛知や千葉に住んでるのとこと。まあ、話の内容からそんな気はしてたんだけど、うち1人は宿の息子さんだったのでした。
で、木曽福島から歩いてきたんだ、と言うと「あーっ!俺見た!あんなとこ歩いてる人がいると思ってびっくりしたんだよ!あそこは歩くとこじゃないですよ!」と言われてしまった…。でもあの恐ろしい国道しか歩くとこなかったんだもん… (T T)。
そして一人が「今日は神楽だったんだよな」と言い出して、気づくのが遅くて行けなかったことを残念がっていました。 私は神楽は夜やるのだと思っていたけど、どうやら昼間に既に終わっていたようです。
そして一人が「今日は神楽だったんだよな」と言い出して、気づくのが遅くて行けなかったことを残念がっていました。 私は神楽は夜やるのだと思っていたけど、どうやら昼間に既に終わっていたようです。
しかも1人の男の子が言うには「俺、ほんとは天狗やらなきゃいけなかったんだけど…」。
なんと!まあ、神楽の写真を見るとびっくりするぐらい飛び上がってたから、中は若い男の子が入ってるんだろうと思ってたけど、いきなり出会えるとは!
とは言っても、実際はこの子はやらなかったから今目の前にいるわけなんですけどね。
何でもその子のお兄さんも天狗をやっていて、今度は自分の番だったのに就職して地元を離れたからできなかった、ということらしいです。
ちょうどそのとき宿の奥さんがやっと出てきて私は部屋に案内されたので、それ以上彼らの話を詳しく聞くことはできなかったのだけど、見逃したお祭りの関係者に出会えたのは、なんか幸先いい感じ♪
ちなみにこの宿は猫が2匹いたのですが、夕方に到着したときは気づかなくて、夜誰もいない廊下を歩いてるとふっと目の前を横切ったりして、心臓止まるかと思いました…。
さて、一夜明けて、寝覚の床まで宿のご主人に車で送ってもらうことにしました。昨日の男の子のお父さんです。
で、ご主人が道中教えてくれたことには、例年GWの時期になると駒ヶ岳の残雪に、くわっと口をひらいた蛇の頭が浮かぶそうです。それが種まきの時期の目安になるんだけど、今年はまだまだ残雪が多くて蛇が見えず、種がまけないと地元の人は話してるんだとか。ここ数年、天候不順で心配だとも。
それにしても、残雪の具合で種まきの時期を決めるとは、さすが高山に囲まれて暮らす人たちは違うなあと感動。
あと、残雪に限らず岩やら木やら、何でも「見立て」が大好きな私としては、蛇の頭をこの目で見たかった…!残念!
その日の夕方近く、須原宿を出て岩出観音堂を過ぎ、農村地帯をしばらく歩いていたときのこと。道路の脇に幅 1.5mくらいの川が流れていて、数人の子供たちが釣りをしていました。
これまですれ違う人たちにはこんにちはと挨拶してきたけど、最近の子供たちは知らない人から挨拶されたら却って怖がるんじゃないかと思い、躊躇していると、子供たちも私の存在に気づいていながらわざと顔をあげないようにしてるみたい。
で、結局そのまま通り過ぎてしばらく行くと、正面から今度はちょっと年かさの男の子が、さっきの子たちに「○○ちゃーん!△△ちゃーん!釣れたー!?」と大声で呼びかけながら歩いてきます。
お、と思ったときには「こんにちはー!!」と彼の方から挨拶してくれました。う、大人として反省。
そしたらまたすぐに川縁から少年がひとり上がってくる。小柄だけど、年は割と大きいのかもしれません。
よく見るとその子は手に魚をぶら下げていて、いきなり私に向かって魚を見せると「釣れたー!!」!
思わず「すごーい!ここは何が釣れるの?それ何?」というと「わかんない…」とうつむいてしまいました。おっと、ごめんごめん。
しかも釣り針をひっかけたまま釣り糸で魚をぶら下げてるのかと思いきや、えらから口のところに植物の蔓を通してつり下げています。
なーんてワイルド♪
ん…?も、もしや「手づかみで捕まえたの!?」「うん。岩の陰にいた」 くらくら…。
生きてる魚を手づかみで捕まえるなんて、なんて素敵なのっ。
しかもちょっと美少年。
よし、ここは木曽だし、彼を牛若と名付けよう。
牛若くん曰く、その魚は今日の晩ご飯になるんだとか。
彼の言動ひとつひとつに驚きながら、日本にもまだこんな子供がいたんだなあとほっとしました。
そして牛若くん、私を見上げて「今日は登山か何かあったの?」
「???」あ、私に登山に行ってきたのかと聞いているのね。 なるほど、この辺を歩くよそ者は登山客くらいしかいないってことなんでしょう。
「あのね、中山道ってあるでしょ、むかーしの道。そこ歩いてるの」と説明するが、「ふーん…」といまいちわかってない様子。 ま、地元の子っていうのはそんなものかもしれません。
私の地元も長崎街道の宿場だったけど、小学生時代にどれほどの子がその事実を認識していたか怪しいもんですし。
それにしても、この牛若くんはほんとにかわいかったですよ。
こんな物怖じしない野性味あふれる子が、現代の日本にまだ存在するのですよ。
いやあ、日本もまだまだ捨てたもんじゃないぞ。
さて翌日。須原の民宿を出て、次の宿場町・野尻までJRに乗ろうと須原駅に行くと「この駅は無人駅です。切符は委託販売しております」と貼り紙がしてある。
???
駅ではなく、近所のお店で切符を売ってるってこと?と思ったら、窓口におじさんがいました。
JRの制服ではないので、たぶん近所の人が窓口に入って切符を売ってるのでしょう。
なるほど、こういうことか、と思って「野尻までの切符ください」というと、須原からすぐ近いうえに何にもない野尻で降りる観光客が珍しかったらしくいろいろ聞かれたので、木曽福島から馬籠めざして歩いてるけど、今日はずるして宿場1つ分電車に乗る、と言ったらまたえらくびっくりされました。そんなにいないんですかね、この辺歩く人は…。
で、切符をもらって渡り廊下の階段を上り、駅舎から線路を挟んだホームで電車を待っていると、おじさんが駅舎から出てきてこっちに向かって線路の上を歩いてきました。
なんと、タオルを持ってきてくれたのです!
お年賀用みたいな普通のタオルだし、荷物は紙1枚でも減らしたいくらい足が痛いのだけれど、おじさんの気持ちがたまらなくうれしい。
ホームにいた他のお客さんたちも「わー、おじさ~ん」と手を降っている。すいません、めげそうだったけど、がんばって歩きますよ… (T T)。
以上、木曽路での4日間、ほんの一瞬すれちがった方たちの中でも印象に残った方について書いてみました。 でも不思議だったのは、みんなほとんどなまりがないこと。 もちろん観光客相手だからわかりやすくしゃべってくれてるのかもしれないけど、現地の人同士が話してるのを聞いても、そんなに変わらない気がした。 ほんとのとこはどうなんでしょう?
あ、帰りがけ、中津川駅の掃除のおいちゃんたちだけは、みゃーみゃーきゃーきゃー言っててかなり感動したけれども。
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