深川七福神(東京都江東区)
我が家の恒例行事になりつつある深川七福神巡り、写真は2012年1月に行ったときのものです!
まずは布袋尊の深川稲荷です!

住宅街のなかに突如出現する、こぢんまりした雰囲気のあるお稲荷さんです。

深川稲荷神社
由来
深川稲荷神社は、寛永7年(1630)の創建と伝えられています。
以前は、旧町名の西大工町にちなんで俗に西大稲荷と呼ばれていました。関東大震災(
1923)の後の区画整理により町名が変更し、昭和27年頃から深川稲荷神社となりました。
深川七福神のひとつ(布袋尊)として親しまれています。
場所:東京都江東区清澄2-12-12
次は毘沙門天の龍光院!
ここは大きめです。


龍光院
由来
龍光院は浄土宗で、もとは雲光院の塔頭のひとつでした。
慶長16年(1611)馬喰町(中央区)に創建されました。明暦3年(1657)の大火で全焼したため岩井町(同区)へ移転しさらに、天和2年(1682)再び消失し、同年現在地へ移りました。
深川七福神のひとつ(毘沙門天)として親しまれています。
場所:東京都江東区三好2-7-5
こちらは大黒天の円珠院です。

場所:東京都江東区平野1-13-6
こちらは弁財天の冬木弁天堂。
大きな通り沿いにあるのですが、突然そこだけタイムスリップしたような不思議な空間でした。



宝篋院咒塔(北州塚)
文化文政の頃江戸の名妓であった川口直が、その夫忠七の菩提を弔うために建てたものである。
川口直は、大田蜀山人作詞の清元「北州」に、あの甲高い節付けをしたので有名で、又隅田村から小梅村の境まで、独力で楓樹を植えた。幕末の頃、その紅葉は向島の名物でもあった。
芸妓をやめて日本橋薬研掘に「川口」という料亭を開き、後、浅草橋に移って胡麻味噌の石焼き豆腐を呼び物にして、非常に繁昌した。
夫の忠七は、「竹明」と号して笛の名手であった。
福禄寿の心行寺はとても広くて気持ちのいいお寺です♪

浄土宗 心行寺
江東区深川二丁目一六番七号
双修山養源院と号し、元和二年(一六一六年)京橋八丁堀寺町に創立、開山は観智国師の高弟 光蓮社団誉一路屋道上人 、周防岩国城主 吉川監物の室 養源院殿の発願開基による。
寛永十年(一六三三年)現在地に移転、当時境内地は、間口四十二間奥行四十二間総坪数一七六四坪、影窓院(ようそういん) 正寿院(しょうじゅいん)の二末寺があった、
大正十二年関東大震火災の厄にかかり、昭和七年再建された本堂庫裡も同二十年戦災のため再度烏有に帰した。
現本堂は、浅香富三氏設計により奈良平安期様式に現代風を加味し、昭和四十三年に落慶した。
本堂両脇間に感無量寿経変相図(曼荼羅)ならびに三尊来迎図(守屋多々志画伯模写)がある。
史跡
開基養源院殿墓 五重石塔 宝篋院咒塔
五世鶴屋南北墓 松本交山墓 工藤琳甫墓
悟道軒円玉墓 深川七福神福禄寿堂
双修山心行寺第二十一世 ○○○
福禄寿さまの足下。お姿がなくてごめんなさい…。

不求自得
ー 自然に徳がそなわる ー
この福禄寿の尊像の中には密寺書院移築の際に土中より発見された先妻前の福禄寿土偶が秘蔵されています。手にする宝珠にふれて円満な人格をいただくようにお願いいたしましょう。福徳は自然に身についてくるものです。
場所:東京都江東区深川2-16-7
恵比寿神の富岡八幡宮は境内奥の左手にあります。

真ん中が恵比寿社/大黒社、向って右が大鳥神社/鹿島神社、左が富士浅間社/金刀比羅社です。

場所:東京都江東区富岡1丁目20番3号
あれっ、深川神明宮の写真がない!!
来年撮ってきます…!
